株と証券の豆知識
株と証券の歴史
大阪堂島米会所
世界において証券取引を始めとした、いわゆるデリバティブと言われるものが使われだしたのは、紀元前にまでさかのぼることが確認されています。このようなデリバティブが日本国内で使われだしたのは一体いつ頃のことなのでしょうか。
日本では1730年に大阪堂島米会所において先物取引が行われたことだと言われています。江戸時代の当時各地の大名は、財政資金の調達の方法の一つとして大阪の米会所において、年貢米を販売などを行っていました。
しかし米の価格というものは、その年の気温や気候、土壌の状態など様々な要素によって変化するものであり、豊作や凶作などの影響を受けるものです。そのために年貢米を一定の価格で販売できるようにするために、青田買いや青田売りという現在で言うところのあらかじめ将来行われる売買の価格を決定し、それにのっとって取引の行われる、先物市場の形式が確立することとなりました。
現在先物市場の中心とされているのはアメリカのシカゴであるとされていますが、シカゴの先物取引所として有名なシカゴ・マーカンタイル取引所の設立される100年ほど前の話であり、実質的に世界初の先物取引の行われた場所となっています。
世界初の先物取引という方式は日本において行われたもので、この堂島米会所において行われていた取引システムは、時代が明治へと移った後に政府によって設立されることとなった証券取引所の運営に関しても非常に大きな影響を与えたものであるとされています。
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